─ 2 ─
講 座
第
5 10
15 20
25 30
35 40
次の文章は、夕方になっても帰ってこない弟二人を、母に命じられて﹁私﹂が捜 さがしにいく場面です。これを読んで、あとの問いに答えなさい。 まず私は近所の○○さんや××堂へ行って、弟たちを見なかったかとか、どこかへ行くと言っていなかったかとか言って聞きただしたが、何の手 て懸 がかりもえられなかったので、不平でぶーぶー膨 ふくれ面 つらをしながら、暗い路 みちを○○神社の方へあるき出した。私の心の中の不平は憤 いきどおりとなって、その道々弟たちの上に燃えた。﹁﹂ しかしその報 むくいられない捜 そう索 さくが別に確かなあてのあるものでもなく、そして何というつまらなく腹立たしいことを強 しいられているのだろうと思いながら、その賑 にぎやかな通りを歩いていると、小料理屋の格 こう子 しから冷たい夜気の中へ白く湧 わき出てくる湯気や、醤 しょう油 ゆのたきつまる匂 においは堪 たまらなく私の空腹を淋 さびしがらせはじめたのだった。するとまた、こんな考えも浮 うかんでくる。 ︵もう彼 かれ等 らは家に帰っているかもしれない︶そんな気持ちが湧いて来ると、一人で空腹を押 おさえながら不熱心にその辺りをほっつき歩いている私には、その好都合な想像が、やがて本当の事実として映るようになり、無責任にいい加減歩きまわったのを機会に、私はまた急いで家へ帰りはじめた。﹁帰っていたら、いきなり撲 なぐってやる。﹂私はまだ不平を街上に鳴らしながら家まで帰った。 しかし私のその急 せき込 こんだ予想も、家のしきいをまたいだ瞬 しゅん間 かんに、それが裏切られていたことがわかった。弟たちはまだ帰っていなかった。しかし会社からは父が帰っていた。
1
①
*1 ﹁どうだった。﹂ 父が尋 たずねた。﹁○○神社へ行ったのですがいませんでした。﹂﹁××町は。あの●●は。﹂﹁行きませんでした。﹂﹁あそこを捜しておいで。﹂ 空腹の私に飯も食わさないで、もう一度近くもない××町までやろうとする父の気持ちが、乱暴にも、残 ざん酷 こくにも言語道断に思えた。︵飯も食わずに○○神社まで行ったんだぞ︶と心の中ではぷんぷん憤っていた。父の前には温かな湯気を立てている鍋 なべがあった。私はその匂 においに力強くひきつけられた。 さっき食わずに出たものを、母がなぜ、飯を食ってからゆけと言わないのだろう。私にはそれがまた腹立たしかった。私はまたこじれた考えを抱 いだいた。ここで飯を食おうと言いはろう。父は私がもう飯をすませたことだと思っていただろうから、私がすぐにゆけるつもりでいたのだろう。それだから、飯を食おうと言うともどかしがって、飯は後にしてと言うだろう。そこで口答えをしてやろう。別にそのように意地悪い論理を働かした訳ではなかったにせよ、飯を食わせろと言った私の心は、不平のあまりたしかにその辺を大きく狙 ねらっていたに違 ちがいなかった。﹁さきにご飯を食べさせてもらいます。﹂﹁なんだ、ご飯はあとにしてすぐ行っておいで。﹂﹁お腹 なかがへってるんです。﹂﹁それじゃ三 さぶ郎 ろうや四 し郎 ろうはどうなんだ。あれらも腹を空 すかせてるじゃない ②
小 説 文
(1)
1
─ 3 ─
か。﹂﹁それは勝手です。﹂ 自分ながら言い切ったなと思った。 父が見る見る目に角を立てるのを母は制しながら、さっき食ってゆけと言ったのを食わずに行ったのだからと言って、飯の用意をしてくれた。︵梶 かじ井 い基 もと次 じ郎 ろう﹃夕 ゆう凪 なぎ橋の狸 たぬき﹄︶ *1不平を街上に鳴らしながら=不平を道々言いながら。
問一 にあてはまる言葉として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 家に帰ったら腹一 いっ杯 ぱい食うぞ。イ まさか事故になどあってやしないだろうな。ウ 捕 つかまえたら、撲りつけてやる。エ いったいどこに消えたのだろう。
問二 線①﹁その好都合な想像が、やがて本当の事実として映るようになり﹂とは、具体的にはどうなったということですか。
問三 線②﹁意地悪い論理﹂とありますが、どのような点が﹁意地悪い﹂のですか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア ﹁私﹂が弟たちを捜しにいかないと両親が困ることを見 み越 こして、捜しにいかないと言い張ろうとしている点 ③④ イ 食事をしようとしている父に、﹁私﹂がまだ食事をしていないことを教えて気まずい思いをさせようとしている点ウ ﹁私﹂がまだご飯を食べていないのを父が知らないことを利用して、口答えをしようとしている点エ 弟たちを心配している父に口答えをして、﹁私﹂と弟たちのどちらが大切かを考えさせようとしている点
問四 線③﹁それは勝手です﹂とは、どういうことですか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 父が﹁私﹂よりも弟たちのことを心配するのは親として身勝手であるということイ 弟たちが腹を空かせているのは、弟たち自身の責任であるということウ ﹁私﹂が腹を空かせているのは、弟たちが腹を空かせていることが原因であるということエ ﹁私﹂がご飯を食べるのは、﹁私﹂の当然の権利であるということ
問五 線④﹁自分ながら言い切ったなと思った﹂という表現から感じられる﹁私﹂の気持ちを簡潔に説明しなさい。
45
─ 38 ─
講 座
第
5 10
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 無益のことをなして時を移すを、愚 おろかなる人とも、ひがごとする人ともいふべし。国のため、君のために、止 やむことを得ずしてなすべきこと多し。そのあまりの暇 ひまいくばくならず。思ふべし、人の身に止むことをえずして営むところ、第一に食ふもの、第二に著 きるもの、第三に居るところなり。人間の大事、この三つには過ぎず、飢 うゑず、寒からず、風雨にをかされずして、しづかに過ぐすをAとす。ただし人みな病 やまひあり、病ひにをかされぬれば、そのB忍 しのび難 がたし。医 い療 りゃうを忘るべからず。薬を加へて四つのこと、求め得ざるを貧しとす。この四つ欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むをCとす。四つのこと倹 けん約 やくならば、誰 たれの人か足らずとせむ。︵兼 けん好 こう法師﹃徒 つれ然 づれ草 ぐさ﹄︶
問一 線①﹁ひがごとする﹂の文中の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 優 すぐれてかしこくふるまうイ 華 か美 びを好み贅 ぜい沢 たくなことをするウ 粗 そ野 やで乱暴なふるまいをするエ 道理に外れたことをす
る 問二 線②﹁そのあまりの暇﹂とは、どのような意味ですか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 義務的な職務などをする以外の時間イ なすべきこともなく無 む駄 だに過ごした時間
1
①
②③
④ ウ 生きるための最低限の労働をしたあとの時間エ 慣習的なつき合いのためにさく時
間 問三 線③﹁思ふべし﹂で始まる一文に用いられている表現技法を次のうちから一つ選び、記号で答えなさい。ア 隠 いん喩 ゆ法 イ 擬 ぎ人 じん法ウ 倒 とう置 ち法 エ 省略法
問四 A∼Cにあてはまる言葉として最も適当なものを次のうちから選び、それぞれ記号で答えなさい。ア うれひ イ 楽しみ ウ おごり エ たより
A B C
問五 線④﹁誰れの人か足らずとせむ﹂の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 誰 だれに足りていると信じさせられようイ 誰も満足だとは言わないだろうウ 誰が足りないとするであろうかエ 誰かが不足だと責めるであろ
う
問六 筆者の説く貧 びん乏 ぼうと富 ふ裕 ゆうとは、それぞれどのようなものですか。簡潔に説明しなさい。
古 文
(1)
10
─ 39 ─
5
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 二十日の夜の月いでにけり。山の端 はもなくて、の中よりぞいで来る
。
かうやうなるを見てや、昔、阿 あ倍 べの仲 なか麻 ま呂 ろといひける人は、もろこしに渡 わたりて、帰り来ける時に、舟 ふねに乗るべきところにて、かの国人馬のはなむけし、別れ惜 をしみて、かしこのからうたつくりなどしける。あかずやありけむ、二十日の夜の月いづるまでぞありける。その月は海よりぞいでける。これを見てぞ、仲麻呂の主 ぬし、わが国にかかる歌をなむ神代より神もよんたび、今は上中下の人も、かうやうに別れ惜しみ、喜びもあり、悲しびもある時にはよむとて、よめりける歌、 青海原ふりさけ見れば春 かすが日なる三 み笠 かさの山にいでし月か
も
とぞよめりける
。
︵紀 きの貫 つら之 ゆき﹃土 と佐 さ日 にっ記 き﹄︶ *1かうやうなるを=このような光景を。 *2阿倍の仲麻呂=奈 な良 ら時代、留学生として唐 とうに渡った。 *3よんたび=お詠 よみになり。 *4青海原=古 こ今 きん和歌集では﹁天の原﹂となっている。 *5ふりさけ見れば=はるか遠方を望み見ると。
問一 にあてはまる漢字一字を書きなさい
。 問二 線①﹁かの国人馬のはなむけし﹂の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 阿倍の仲麻呂が別れのあいさつに来てイ 阿倍の仲麻呂が旅立ちの合図をしてウ もろこしの人が歓 かん迎 げいの言葉を述べてエ もろこしの人が別れの宴 えんを開い
て
2
*1*2
①
②③
*3④
*4*5⑤ 問三 線②﹁からうた﹂とは、何ですか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア 短歌 イ 長歌ウ 和歌 エ 漢
詩 問四 線③﹁あかずやありけむ﹂の現代語訳として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えなさい。ア なお満足しなかったからであろうかイ 夜が明けなかったからであろうかウ あたりが暗かったからであろうかエ 潮が舟 ふな出 でに適さなかったからであろう
か
問五 線④﹁上中下﹂とは、人間の何について言っている言葉ですか。文脈から考えて、二字の熟語で答えなさい。
問六 線⑤﹁三笠の山﹂とは、どこにある山ですか。文中から地名を書き抜 ぬきなさい。
問七 ﹁青海原﹂の歌について説明した次の文のa・bにあてはまる言葉として最も適当なものをあとから選び、それぞれ記号で答えなさい。 aがbをなつかしんで詠んだ歌である。ア 作者︵紀貫之︶ イ 阿倍の仲麻呂 ウ もろこしの人エ もろこし オ ふるさと
a b